「わたしが赤子の時に、これを動かして見せれば泣き止んだそうなのです。わたしにはもう必要ありませんから、若さまに差し上げようと思い持って参りました。」
それは首を上下に振る小さな赤い牛のおもちゃで、杏一郎は幼子の前に置くと、ちょんと頭をつついて振らせた。
小さな手で力任せに触れようとするのを止め、抱き上げると背後からそっと手を添えて軽くつつくのだと教えた。
「……だぁ……」
「お上手です、鶴千代さま。」
乳の匂いのする赤子は、手を添えてもらって熱心に赤い牛の頭をつつき、にこにこと良く笑った。
それが、いずれ藩主となる鶴千代と杏一郎の出会いだった。
「もう赤子ではないのです。若さまも泣き疲れ
HKUE 酒店たら眠るでしょう。明日、藩校に行く前に登城いたしますから、お使者様にはそのようにお伝えください。」
「これ、杏一郎。そうはいかぬ。この前のよすぎて引きつけが起きたら何とする。お前も慌てたではないか。」
「あれは……癲癇(てんかん)かと思って、いささか驚いただけです。なれど子供の痙攣はよくあることだと藩医殿が申しておりました。杏一郎は
HKUE 酒店余り甘やかしては、若さまの御為にならないと思います。」
そう言いながら、杏一郎は夜着を脱ぎ捨て袴を身に付けた。
「では……行ってまいります。」
父は苦笑している。なんだかんだ言っても、結局、鶴千
いのは誰がどう見ても当の杏一郎だった。まるで血のつながった本当の弟のように、接していた。
武家の子供は、早くから親と離されて養育される。
幼い時から人質となり親と別れることも多い為、あえて余り情を掛けないようにするのだ。鶴千代も藩主夫婦と過ごす時間は限られていた。